2020年3月1日、世間はコロナウイルスに脅え、開催への批判もある中、東京マラソンはスタートした。
井上大仁選手がスタートからワールドクラスの第1ペースメーカーに懸命に食らい付く。一方、10km地点のスペシャルドリンクを取り損ねたが、第1集団のやや後方で冷静にペースを刻んでいた大迫傑選手。
レースが動いたのは30km過ぎ、第1集団のハイペースの上げ下げに、こぼれ発生した第2集団。苦悶の表情の井上選手らを横目に確認し、大迫選手は一気にその集団ごと抜き去る。
その後、35km折り返し後に懸念された向かい風はなく、差し込みを幾度となく気にする仕草にも心配したが、ケニア合宿での単独走練習の成果もあり、最後まで粘って自身の持つ日本記録を更新してのゴール。
MGCでの激しいデッドヒートの末の(あえてこう言わせて頂く)敗北があり、五輪へは昨年9月の時点で暫定枠。出場権を待つのではなく、守りに否、奪い取りに東京マラソンへ。我々には想像できない悔しさと覚悟を持って半年間、すべてをこのレースの為に取り組んでこられたのでしょう。
それは最後のコーナーを曲がりながら、手を二度叩き、沿道の人々に手を上げて勝利を確信してからの、ゴールテープまでの100mほどのラストの直線にて感じ取れた。両手に力を込めて、何度も何度もガッツポーズをし、気迫と歓喜、そして見方に寄ればある種の恐怖までも感じさせる様な表情で、何かを叫びながら、ゴールテープをたたき上げてフィニッシュ。
普段冷静で、感情を表に出さない大迫選手が、あの様なパフォーマンスを見せたのは、MGC以降ここへ向けてやってきた彼の思いが見えたような気がして、私は心が震えた。
ゴール後、テレビ中継のゲスト解説にて出演していた瀬古マラソン強化戦略プロジェクトリーダー(以下、PL)は、笑いながら冗談交じりに『(大迫選手が出した)日本新記録は井上選手のお陰ですね』と。
たしかに、このレースでスタートから大迫選手の前にいたのは井上選手だけ。井上選手が日本人最上位かつ日本記録ならば、五輪の暫定枠は奪われる。だから、大迫選手は前にいる井上選手をターゲットとしていた。よって、ハイペースに付いていくことになり、記録が出たという解釈は理解できる。
しかし、私が問題としているのは、その後メディアを通じて発せられた瀬古PLの言葉だ。『大迫は井上に感謝しなければならない』と。
大迫選手が、
井上選手に、
か ん し ゃ …
はぁっ!? “o(`ω´#)o”
井上選手もMGC最下位という屈辱を背にオーストラリアで合宿を行い、高速レースに耐えうる練習を積み上げ、すべてをぶつける思いで覚悟を持って、スタートから第1ペースメーカーに付いた。五輪出場の為に、敢えて攻めた。
大迫選手には、日本人最上位でゴールすればいいという、暫定枠のアドバンテージがあるとはいえ、道中しっかりハイペースの井上選手をマークしつつ、抜き去った後もペースを緩めることなく心身を追い込み、新記録を狙って出した様にすら見えた。
そんな彼ら2人の努力と勇気と覚悟を、しかも立場ある人が、冗談でもそんな風に言わないで欲しい。五輪への真剣勝負ゆえの、結果であり、日本新記録なのだから。
そんなこという人が取り仕切っている日本のマラソン界だからこそ、報奨金一億円を手にした大迫選手はその使い道についてメディアに聞かれた時に、来年に賞金の出る大会を自らの手で開催する為に、その資金に充てる旨の発言をした。昨年9月、国内のトップランナー達が集い、 日本中が注目した五輪への選考レースのMGCには、賞金がまったくなかった事への皮肉にも聞こえて、気持ち良かった。
「選手は名誉の為だけに走っているのではないのです。僕らは走ることでご飯を食べ、家族を養っているのです」
大迫傑選手のツイートより
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